神戸地方裁判所 平成6年(行ウ)1号 判決 1997年4月22日
原告
高住晃一
右訴訟代理人弁護士
麻田光広
同
丹治初彦
同
笹野哲郎
被告
明石郵便局長木島宗蔵
右指定代理人
本田晃
同
西田茂夫
同
寺田光伸
同
泉宏哉
同
鈴木日出男
同
久埜彰
同
田中健
同
小林邦弘
同
領家嗣郎
同
西嶋義雄
同
上田千昭
同
高橋誠司
主文
一 被告が原告に対し平成三年一月一四日付けでした停職一月間の懲戒処分を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
主文と同旨
第二事案の概要
本件は、被告のした原告に対する懲戒処分が事実誤認に基づく違法な処分であるとして、その取消しを求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 原告は、平成二年一二月ないし平成三年一月当時明石郵便局(以下「明石局」という。)の郵政事務官であり、同局第二集配課の主任であった。
平成二年一二月当時、原告の勤務時間は、午前八時から午後四時四五分までであり、午後零時三〇分から四五分間が休憩時間と指定されていた。
2 明石局では、職員の通勤のための自家用自動車の構内駐車について制限を設けており、平成二年六月一日からは、構内駐車の許可を受けた職員に対し駐車許可証を交付し、構内駐車の際には、右許可証を自動車前部の見やすいところに掲出させる取扱いをしていた。ただし、許可を受けた職員が自動車で出勤しないときには、許可証を借り受けた職員にも構内駐車を認めていた。
原告は、通常、平成二年一二月当時、自家用自動車の構内駐車について、明石局長の許可を受けてはいなかった。
3 原告は、平成二年一二月三日、始業時刻から二〇分遅刻の午前八時二〇分ころ、明石局に出勤した。原告は、右出勤に際し、自家用自動車を使用し、明石局庁舎南側構内の駐車場に同車を駐車したが、駐車するに当たって駐車許可証を掲出しなかった。
4 本岡猛明石局総務課長(当時)は、右同日同時刻ころ、右駐車場において、原告が自動車を駐車しているところを通りかかった。本岡総務課長は、その場において、原告に対し、許可証の所持の事実について問いただしたところ、原告が、他の者から代わってもらった旨答えるなどのやり取りがあった。
5 原告は、その直後、右駐車場から、庁舎入口に向かって歩き出し、本岡総務課長もその後を追った。そして、原告が庁舎内に入り、二階の階段の踊り場に上がりかけたころ、本岡総務課長が階段の下の方から原告に声をかけ、これに原告が答えるなどのやり取りがあった。
6 原告は、同日午前一〇時一五分ころ、明石局副局長室において、本岡総務課長から、当日の出勤時の行為について事情聴取を受けた。
7 原告は、同月五日午前九時三〇分ころ、明石局第二集配課事務室において、同課課長広川達(以下「広川二集課長」という。)及び同課副課長石見国昭(以下「石見副課長」という。)から、同月三日の行為について事情聴取を受けた。
8 被告は、原告に対し、平成三年一月一四日付けで左記の事実があったことを理由に、停職一月間の懲戒処分(以下「本件処分」という。)をした。
(一) 平成二年一二月三日、遅刻し、明石局南側駐車場において、無許可駐車について指導を受けた際、本岡総務課長の胸ぐらを掴み、脅迫的言辞を弄した。
(二) 同日、同局二階階段付近において、本岡総務課長に対し、鉄片を振り上げ脅迫的言辞を弄した。
(三) 同日、同局副局長室において、事情聴取を受けた際、本岡総務課長に対し、不穏当な言辞を弄した。
(四) 同月五日、同局第二集配課事務室において、事情聴取を受けた際、本岡総務課長に対し、暴言を浴びせた。
9 原告は、本件処分について、平成三年二月二〇日に人事院に対し、審査請求をしたが、人事院は、平成五年一一月三〇日付けで本件処分を承認するとの判定をした。
二 主要な争点
1 懲戒事由の存否について
(一) 原告が、平成二年一二月三日午前八時二〇分ころ、明石局南側駐車場において、本岡総務課長の胸ぐらを掴み、脅迫的言辞を弄したか(前記一8(一))。
(二) 原告が、右同日同時刻ころ、同局二階階段付近において、本岡総務課長に対し、金属製と思われる物を振り上げ脅迫的言辞を弄したか(同(二))。
(三) 原告が、同日、同局副局長室において、事情聴取を受けた際、本岡総務課長に対し、不穏当な言辞を弄したか(同(三))。
(四) 原告が、同月五日、同局第二集配課事務室において、事情聴取を受けた際、本岡総務課長に対し、暴言を浴びせたか(同(四))。
2 本件処分が裁量権の範囲内といえるか。
三 争点に関する被告の主張
1 懲戒事由の存否について
(一) 駐車場における暴行等
本岡総務課長は、平成二年一二月三日午前八時二〇分ころ、明石局庁舎南側構内の駐車場において、原告が自家用自動車を駐車しているところを通りかかったが、右車両に駐車許可証が掲出されていなかったため、原告に対し、「高住君、許可証を出していないと駐車違反になるよ。」と言った。原告は、「代わってもろたんや。許可証は持っとるがい。」と言い、同車両のドアをロックし、本岡総務課長の前を通り過ぎて庁舎入口に向かって歩き出した。そこで、本岡総務課長は、原告に対し、「持っているなら出しておかないといけないよ。」と言ったところ、原告は、「お前責任者やろ。そんなんぐらい把握しとかんかい。」と言って、本岡総務課長の方に向き直った。本岡総務課長が、「勝手に代わってはわからん。だから許可証を出しなさいと言っている。」と言ったところ、原告は、「持っとったらええんやろが。やかましや。われどついてもたろか。」と言いながら本岡総務課長に近づいた。本岡総務課長は、原告が語気荒く、興奮気味の表情をして近づいてくるので思わず後ろに下がり、原告に対し、「何を言うのか。」と言ったところ、原告は、庁舎入口の方に再び歩き始めた。
そこで、本岡総務課長は、原告の後を追うように歩きながら、原告に対し、再び「許可証を出さないと駐車違反になるよ。」と言った。すると、原告は急に立ち止まって振り返り、向かい合った本岡総務課長のネクタイの結び目の少し下の部分とワイシャツを左手で掴んだ。
(二) 二階階段付近における暴行等
原告が、その後、庁舎入口に向かって歩き出したので、本岡総務課長は、原告の後を追うように歩きながら、「何をするのか。話があるなら立会いを置いてやる。ええなあ。」と言って歩き続け、庁舎に入った。
原告が庁舎二階の階段の踊り場付近に上がったころ、本岡総務課長は、原告の四段くらい下の段から、原告に対し、「おい、高住君。逃げるのか。おれの言うことをきかんのか。」と言った。すると、原告は、「われ、どついてもたろか。」と大声で言いながら振り返り、右手を振り上げた。このとき、原告は、金属製と思われる直径と長さがそれぞれ約六、七センチメートルの円筒形のものを持っていた。本岡総務課長は、これを見て、原告が右手に持っているものを投げつけると思い、とっさに右に避け、「冷静に話をようしないのか。」と言ったところ、原告は、「何を。」と言い、二階にある更衣室の方に歩いていった。
(三) 副局長室における暴言等
本岡総務課長は、同日午前一〇時一五分ころ、明石局副局長室において、原告に対し、前記の各行為について事情聴取を行った。
本岡総務課長が、原告に対し、構内駐車の際に駐車許可証を掲出するように述べたところ、原告は、「わざわざ四階までよばんでもええやろ。わけはちゃんと課長に言うとるがい。」と言った。本岡総務課長が、原告に対し、勝手に代わってもわかるはずがないと述べたところ、原告は、「そういや、わからんわな。ちょっとしたミスやないか。そんな細かいこと言わんでもええやろ。免許の不携帯でも許してくれる。」と言った。そこで、本岡総務課長が、原告に対し、原告が以前にも無許可で構内駐車により処分を受けていることを指摘し、ちょっとしたミスではないと述べたところ、原告は、「もう前の話は終わっとる。処分したやないか。それでええやろ。また、処分したいから呼んだんか。」と言った。
そこで、本岡総務課長は、原告に対し、処分などしたくはないが、駐車許可証もなく駐車し、管理者の指示に従わなければやむを得ないと述べたところ、原告は、「なにい、お前、なんぼほどのもんどい。許可証を出しておいたらええんやろ。」などと不穏当な言辞を弄した。
(四) 第二集配課事務室における暴言
原告に対し、同月五日午前九時三〇分ころ、明石局第二集配課事務室において、広川二集課長及び石見副課長は、原告の同月三日の行為について事情聴取を行った。
本岡総務課長が右事情聴取に同席するため、右事務室に赴いたところ、原告は、ソファーの上で右肘をつき、ふんぞり返った態度で、「おっさんがおる。おい、こら、はげ。」と暴言を吐いた。
2 本件処分の適法性
(一) 右1記載の原告の行為は、次のとおり、国家公務員にあるまじき義務違反、信用失墜等の非行に該当する。
国家行政組織法一四条二項に基づいて郵政大臣が定めた訓令である郵政省就業規則一三条六項には、「職員は、職場において他の職員の執務を妨げ、その他秩序を乱す言動をしてはならない。」との規定があるから、右(一)ないし(四)の行為はいずれも同規定ひいては国家公務員法九八条一項(上司の職務上の命令に従う義務)に違反する行為である。さらに、これらは、郵政省職員としての官職の信用を傷つけ、官職全体の不名誉となる行為であり、同法九九条(信用失墜行為の禁止)に違反するものである。
また、処分理由(一)の無許可駐車の点については、被告の命令ひいては国公法九八条一項に違反する行為であり、遅刻の点については、国公法一〇一条一項前段(職務専念義務)に違反するものである。
(二) 情状事実等
(1) 原告は、本件以前において、無許可での構内駐車を繰り返した。平成元年七月五日から平成二年一二月三日までの間に原告が無許可で構内に駐車したことが判明した回数だけでも四〇数回に上り、原告は、平成二年三月一四日付けで、無許可駐車を繰返したことについて訓告処分を受けた。また、原告は、本件において、広川二集課長から駐車許可証について問われた際、山添誠一第二集配課主任(以下「山添主任」という。)に代わってもらっており、許可証は自動車に備え付けていると虚偽の回答をした。また、広川二集課長から平成二年一二月六日の朝までに始末書を提出するように指示されたにもかかわらずこれを提出しなかった。
(2) 原告は、次のとおり、本件のあった平成二年中に三回の処分を受けてたほか、その前後を通じて、勤務態度等について多数回の指導を受けていた。
ア 平成二年一月一二日、上司から無許可駐車について注意指導を受けた際、「あほか、だぼが。」と暴言を浴びせたことについて、訓告処分を受けた。
イ 前記のとおり、同年三月一四日、無許可駐車を繰返したことについて、訓告処分を受けた。
ウ 同年七月一一日付けで、遅刻しかつ遅刻簿への押印を拒んだことについて、口頭注意を受けたにもかかわらず、その後、同年八月三一日、九月六日にも遅刻を繰返していた。
エ 勤務態度等について多数回の指導を受けた。
(三) 原告の前記1(一)ないし(四)の各行為の性質、態様のほか、原告の各行為の前後における態度、原告の右各行為を放置した場合の他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を総合的に考慮すれば、被告が、原告に対し、公務員関係における秩序を維持する目的をもって、右各行為を理由として停職一か月間を命じた本件処分は何ら重きに失することはなく、まして、それが社会通念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合に該当しないことは明らかであり、被告の裁量権の範囲内であるというべきである。郵政省において懲戒処分の公平を期すことなどを目的として定めている「懲戒処分標準について」(昭和二六年五月一五日郵人第九一号)には、「人の身体に暴行を加えたものは、減給にする。その情重いものは、免職又は停職にすることができる。その情軽いものは、戒告にすることができる。」と定められている。また、管理職に対する暴行(ただし、傷害に至らないもの。)を理由とした事例については、平成元年以降近畿郵政局管内において、本件を除いて五つの事例があり、それぞれ減給一か月間から停職六か月間までの間の処分がされている。したがって、本件処分は、被告の裁量の範囲内であることは明らかである。
四 争点に関する原告の主張
1 処分該当事由について
原告と本岡総務課長の行動は次のとおりであり、暴行等の事実はない。
(一) 駐車場における原告の行動
原告は、当日、山添主任と交替したもので、駐車直後の許可証の掲出は不可能であったが、速やかに許可者である山添主任から許可証を受け取り、これを掲出できるはずであった。この点、許可証の授受が事前にできないときは、到着後に職場で受渡しをすることになり、その意味で、駐車後直ちに許可証が掲出できない場合があることは、当然の前提で運用されていた。
庁舎内外を巡回中の本岡総務課長は、午前八時二〇分ころに自家用自動車を駐車した原告に近付き、交替したのかと確認することもなく、いきなり「許可証を持っとんのか。」と高圧的に問いただした。
これに対し、原告は交替制度のあること及び駐車直後には掲出が不可能な場合があることを本岡総務課長は知っているものと考え、「代わってもろたんや。あんたは責任者やから把握してるんちゃうん。」と言い、ドアを閉め、右手に弁当、着替え等が入っている黒カバンを持ち、右肩に下げる様にして、本岡総務課長の前を通って庁舎入口に急いだ。交通渋滞に巻き込まれ遅れていた原告は急ぐ必要があった。本岡総務課長は、原告の後を追い、「持っていないんやろう。」「許可証あるんかえ。」等と大声で言いながら、庁舎入口まで追跡をはじめた。原告は、「(許可証は)あるがなあ。」等と返答していたが、本岡総務課長を無視して歩いていただけであって、本岡総務課長のネクタイの結び目の少し下の部分とワイシャツを左手で掴む等の行為はしていない。
(二) 二階階段付近における原告の行動
本岡総務課長は、原告に対し、「お前、何ぬかしとんや。上へ上がれ。」と言って、原告の後を追いながら庁舎入口を入っていった。
原告が二階の階段の踊り場に上がりかけた頃、本岡総務課長は大声で「こら待たんかえ。」「許可証を見せんか。」とどなった。大声に驚いた二階集配課の職員が次々と踊り場付近に集まってきた。児玉有一(以下「児玉」という。)、牧久夫(以下「牧」という。)、山添主任らが何が起こったのかを尋ねると、原告は、「許可証を出せと偉そうに言われた。」と説明し、児玉、牧が本岡総務課長との間に入り、原告はすぐに山添主任とともに更衣室に向かった。原告が金属製と思われる直径と長さがそれぞれ約六、七センチメートルの円筒形の物を持って、右手を振り上げたことなどはない。
(三) 副局長室における原告の行動
原告は、広川二集課長と本岡総務課長に呼ばれて許可証を掲出するように言われ、それを了承して副局長室での話は終わっている。
(四) 第二集配課事務室における原告の行動
原告は、平成二年一二月五日、第二集配課事務室ではじめて、鉄パイプ、鉄棒のようなものを持っていたのではないかと尋ねられた。原告は、身に覚えのないことであったため驚き、怒って、「何言うんや。誰がそんなこと言うたんや。」と大声を上げた。この声を聞き付けた職員が集まり、牧、児玉らが成り行きを見守っていたところ、本岡総務課長が入室して来た。原告は、本岡総務課長に対し、「あんたが言うたんか。どういう気やねん。」と大声で問いただし、牧、児玉らも「本岡総務課長、どういうことなのか。」と詰め寄った。原告が、本岡総務課長に対し、「おっさんがおる。おい、こら、はげ。」と言ったことはない。
2 本件処分の違法性について
本件処分においては、凶器の存在が重要な構成要素で、一連の懲戒処分対象行為の根幹を形成する。通常の無許可駐車事案、服務規律違反事案に比して本件処分は極めて重い。本件処分は、凶器の存在が認められないにもかかわらず、所持を前提に処分がされた誤ったものであり、裁量権を逸脱した違法がある。
(一) 胸ぐらを掴んで脅迫的言辞を弄した行為、鉄片を振り上げた行為について
処分理由の中心は、胸ぐらを掴み、鉄片を振り上げた暴行行為である。しかし、本件においては、胸ぐらを掴んだ行為はなく、目撃者は誰もおらず、問題の鉄片は未だに発見されていない。右鉄片は、駐車場南東側付近で突然現われ、庁舎内二階廊下で岡田敏夫総務課長代理(以下「岡田課長代理」という。)一人だけに目撃された後、忽然と消えている。管理者に対して投げつけられようとした危険な鉄片が庁舎内に持ち込まれたというのに、本岡総務課長や岡田課長代理ら管理者は、右鉄片を探そうとしていない。被処分者が、凶器の所持や胸ぐらを掴んだ事実を強く否定している事案で、凶器を発見しないまま凶器が存在したことを前提に問責したり、胸ぐらを掴むという具体的な暴行行為を前提に問責するには、客観的な証拠により裏付けられているかどうか、十分な検討が必要である。しかし、本件では、慎重な検討がされた形跡がない。
胸ぐらの件については、客観的な裏付け証言がないこと、三日の午前中の段階で管理者を含め誰一人として右事実を問題にしていた者がいなかったこと、本岡総務課長が局長あるいは副局長に報告したり、処分の前提手続として必要な事情聴取を行ったりせず、原告は、誰からも原告が本岡総務課長の胸ぐらを掴んだことについて尋ねられたことがないことからすると、原告は本岡総務課長の胸ぐらを掴んでいないのである。また、脅迫的言辞は、胸ぐらを掴んで投げ掛けられたとされている言葉であり、胸ぐらを掴んだ行為が認めれない以上、脅迫的言辞の存在も認められない。
(二) 副局長室での事情聴取について
副局長室での事情聴取の段階では、原告は山添主任に言えばすぐに許可証が手に入り、掲出できると考えていた。
本岡総務課長の詰問の時点では許可証の掲出は物理的に不可能であったが、これは交替制という制度上やむをえない事態であったのであり、本岡総務課長の行動には行き過ぎがあった。副局長室で原告に不適切な言動があったとしても、事情聴取を行う原因となった本岡総務課長に不適切な言動があったのである。しかも、右事情聴取自体も、職場に急いで戻りたいという原告の申出を受け、本岡総務課長も、原告が許可証を掲出する手続をするということで了解し、原告は副局長室を退出した。
したがって、仮に原告の発言に不適切な言葉があったとしても、その場での発言を懲戒の対象とすること自体が不当である。
(三) 一二月五日の第二集配課における事情聴取について
この事情聴取は、原告が同月三日に、鉄パイプのようなものを持っていたかどうか、胸ぐらを掴んだことがあったかどうかを確認するために行われたとされている。これは、全く存在しなかった事実について行われたもので、右各事実が存在したと報告した人物である本岡総務課長がその場に現われたのであって、原告が立腹しても当然である。
仮に、原告の発言が行き過ぎたものであったとしても、やむを得ない状況であり、その発言を懲戒の対象とすることは不当である。
(四) 情状事実を考慮することについて
処分に際して従前の処分事実を量定に考慮した場合には、その旨を被告は処分理由に明記している。本件の場合は何の記載もなく、このことは、従前の処分の有無などを考えずに処分理由に記載の事実だけから処分を選択したことを示している。
処分理由書に記載していない事実(指導事実、指導内容等)を被処分者に不利益な方向で考慮することは、結果的には弁明の機会を与えずに一方的に処分をしていることと変わらない。これでは、国家公務員法が処分理由書の交付を義務付けた趣旨を潜脱することを認めることになり許されない。
また、本件対象となった事実の発生以降の事実を考慮することも当然許されない。
(五) 処分の相当性について
鉄片を振り上げた事実は本件処分事由の中心の一つであるから、この事実が認められなかったときには、それだけで本件処分は取り消されなければならない。また、以後の事実は、鉄片の存在を前提にした処分手続の一環である事情聴取の際の出来事である点にその特徴がある。鉄片の存在が否定されたならば、爾後の事情聴取そのものの正当性が失われ、本件処分は到底維持することができない。
仮に、駐車許可証の掲出がなかったことを理由に事情聴取の正当性を主張する立場にたっても、勤務時刻に遅れ、職場に急いでいた原告を追いかけ、執拗に許可証掲出を求め続けた本岡総務課長の言動は、既に正当性の限界を越えた不当、不適切なものと言わざるをえず、事情聴取に正当性はない。
このように事情聴取が前提を欠く不当な手続であるということは、事情聴取の場での本岡総務課長と原告の言動の事実認定及びその発言の正当性の評価にも影響を及ぼし、本件処分は違法、不当なものというべきである。
第三争点に対する判断
一 平成二年一二月三日午前八時二〇分ころ、駐車場での原告と本岡総務課長のやり取り等及び二階階段付近でのやり取り等(争点1(一)、(二))について
1 前記争いのない事実、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、(証拠・人証略)のうち、右認定に反する部分は、(証拠・人証略)に照らし信用できず、他に右各認定を覆すに足りる証拠はない(以下特に注記がないかぎり、事実は、平成二年一二月三日、明石局内のことである。)。
(一) 一二月三日当時、職員が自動車を構内の駐車場に停める場合は、局と組合の話し合いにより、局が発行した駐車許可証を自動車の外から見える位置に置くこととされていた。また、許可証の交付を受けた職員が駐車場を使用しない日には、当該職員が指定されている駐車場所を許可証の交付を受けていない職員が許可を受けた職員の許可証を掲出した上で使用することも慣行として行われていた。原告は許可証の交付を受けていなかったが、許可証の交付を受けていた山添主任と事実上ペアを組み、同主任が指定された駐車場所を使用しない場合には、その許可証を受け取って当該駐車場所を使用していた。しかしながら、原告は、許可証を掲出せずに駐車することが度々あった。
(二) 山添主任は、原告に対し、午前七時ころ、今日は自動車で出勤しないことになったので、原告が自動車で出勤してもかまわないと電話をした。原告は、この電話を受け取ってからすぐに自動車で自宅を出発した。
本岡総務課長は、午前八時ころ、庁舎内外の巡視を始め、午前八時二〇分ころ、庁舎南側の駐車場で、原告が車から降りるのを見た。
(三) 原告が降りた車には許可証が外から見える位置に置かれていなかったため、本岡総務課長は、原告に対し、許可証を出していないと注意をした。すると、原告は、許可証の交付を受けた職員に交替してもらった、許可証は持っていると言った。そこで、本岡総務課長が、許可証を持っているのであれば、これを掲出するようにと指示したところ、原告は、「責任者やったら、そんなんぐらい把握しとかんかい。」と言ったため、同課長は、勝手に交替していたのでは分からないと述べ、許可証の掲出を繰り返し促した。原告は、許可証を掲出することなく、庁舎に向かった。
(四) 本岡総務課長は原告の後を追うようにして、許可証を掲出しなければ、処分の対象になると言ったところ、原告は立ち止まり、振り向き、同課長に対し、「お前、何様ぞい。ちょっとこっちこい。どついてもたろうか。」と言った。
(五) その後、原告は、足早に職員通用口の方向に向かい、庁舎内に入り、第二集配課のある二階への階段を上っていった。本岡総務課長も、原告の後を追うように、庁舎内に入り、階段を上りながら、原告に対し、「おい、逃げるのか。おれの話をよう聞かんのか。」と言った。すると、原告は、階段の四段程度下方にいた本岡総務課長の方を振り向き、同課長に対し、大きな声で「われ、どついてもたろうか。」と言った。本岡総務課長は、原告に対し、「冷静に話をようしないのか。」と言った。
(六) 第二集配課で勤務中の児玉は、階段付近で大声がするので、原告らのいるところに駆け付けたところ、本岡総務課長が原告に対し「おい、こら、待たんかい。」と強い口調で迫っていたので、「どないしたんや。」と叫んで、原告に近付いた。児玉が再度、「どないしたんや。」と原告に尋ねると、原告は、許可証を出せと言われていると答えた。そこで、児玉は、本岡総務課長に対し、「そんな言い方はないやろ、もっと冷静に話したらどないや。」と言った。そのころ、児玉と同じく駆け付けた山添主任も原告に対し何があったのかと尋ねたところ、原告が、本岡総務課長から許可証の掲出を求められていると答えたため、山添主任は、同課長に対し、原告は自分と交替した旨伝えると、本岡総務課長は、同主任には関係ないことである旨大声で言った。原告らの大声が二階の第一、第二集配課事務室まで聞こえたため、集配課の職員が一〇数名程事務室から出てきて、二階踊り場付近にまで集まってきた。原告は、山添主任に促されて更衣室に向かい、本岡総務課長はそれ以上は原告を追わなかった。広川二集課長が、仕事に戻る様にと声をかけたので、集まった職員らはそれぞれ仕事に戻った。
2 被告は、原告が本岡総務課長に対し階段付近で右手に本件処分理由では「鉄片」と記されている金属製と思われる物を持って振り上げた旨主張する。証人本岡は、証人尋問において、駐車場で原告から「どついてもたろうか。」と言われた(1(四))直後、原告が右手に円筒形の金属製と思われるものを持っていたこと、階段付近で原告が右手を振り上げた際、右物体を右手に握り込むようにもっていたと供述しており、(証拠略)にもこれと同旨の記載がある。また、(人証略)は、証人尋問において、大声を聞いて階段付近に行ったところ、児玉が「どないしたんや。」と言っていた、そして、現場に着くのとほぼ同時に原告が自分の前を横切り更衣室の方にいったが、その際、原告は鉄片のようなステンレスの光のするものを持っていたと供述しており、(証拠略)にもこれに沿った記載がある。
これに対し、原告は、本人尋問において、このような物を所持していた事実を否定しており、(人証略)も、このような物は見ていないと供述するので、被告の主張を基礎づける証拠の信用性について判断する。
まず、本岡総務課長らが現認したと主張する金属製と思われる物の形状についての説明は、「鉄パイプ」(<証拠略>)であったり、「鉄片」(<証拠・人証略>)であったり、「円筒形のもの」(<証拠・人証略>)であったりし、その材質についても「ステンレス様のもの」(<人証略>)、「鉄製」(<人証略>)であったりし、表現がまちまちで一貫しない。また、(人証略)は、原告がこれらのものを手に握っていたことは分かったが、掌からはみ出さずそれが何であるかは分からなかったというのであって、原告が持っていたものが凶器となるような危険なものかどうかもわからず、それが具体的に何であるかも説明することができない。
また、本岡総務課長はすでに駐車場で原告が右手に鉄片のようなものを持っていたことに気付いていたとしているが、そうであると、前記認定のように、駐車場で原告から「どついてもたろか。」などと言われた後で、場合によっては凶器となり得るようなものを原告が握持していることを認識しつつ、なおも原告に対し、許可証の掲出を求めるべく追呼するにしては、原告が握持している物について原告に対して問いただすことなく、あまりに無防備かつ無警戒に原告に向かっていっているという印象を拭えない。さらに、原告が従前から無許可駐車を繰り返しており、平成二年一二月三日も許可証を掲出しないまま、駐車するという違反行為をしている可能性が高く、原告が許可証を所持しているのかについてを確認することが先決であったとはいえ、原告が本岡総務課長に対して振り上げた物体について、凶器となり得るような危険物である可能性があったといえるにもかかわらず、その日のうちに原告に対し、それが何であるかを質問するなどの調査をしたり、当該物の提出を求めたりしていない。
以上の事情に照らすと、金属製の物(鉄片)の存在についての被告の主張を裏付ける、(人証略)の証言、同人らの現認書、審理記録の供述部分はたやすく信用できず、本件全証拠によっても、原告が本岡総務課長に対し金属製と思われる物(鉄片)を振り上げたという事実を認定することができない。
3 被告は、駐車場において、本岡総務課長と向き合った原告が、同課長のネクタイの結び目の少し下とワイシャツを掴んだ旨主張し、(人証略)の証人尋問における供述及び(証拠略)の記載には、これに沿う部分がある。これに対し、原告本人は、本人尋問において、右事実の存在を否定している。
そこで、本岡の供述等の信用性を検討すると、本岡総務課長は、右暴行に引き続いて、その直後原告が駐車場において金属製のような物を持っていたのを目撃したと供述するところ、この供述が信用できないことは前記のとおりであること、また、原告は、当時黒の鞄ないしショルダーバックを所持していた(この事実については、鞄の形状等について供述に相違があるものの、<人証略>及び<人証略>が一致して証言するところである。)のに、これについて何ら記憶がないこと(<証拠略>)からすると、駐車場における原告の挙動についての本岡の供述については、その正確性に疑問がある。さらに、仮に本岡総務課長の供述のような暴行の事実があったのであれば、これは重い処分の対象となり得る重要な非違行為であり、階段付近での本岡総務課長と児玉ないし山添主任とのやり取りの場において言及されるのが自然であると思われるのに、本岡総務課長は、なんらこの点について原告を咎めておらず(前記1(六))、また、当日この点について原告からなんらの事情聴取もされず、この点の事情聴取がされたのは翌々日の同月五日のことであること(この点は、証拠上明らかである。なお、本岡総務課長は、当日午前一〇時一五分ころからの事情聴取(後記二1(二))でこの点の聴取がなかった理由について、当日午前一〇時ころ、局長から、被害者である本岡総務課長ではなく、広川二集課長に事情聴取させると指示があったからとしている。しかし、そうであるとすれば、当日午前一〇時一五分からの事情聴取に引き続き、広川二集課長がこのような重要な事実について事情聴取をすることなく、原告に対し、「もうこれでよい。仕事について下さい。」と指示し事情聴取を終了させたこと(<証拠略>)は、不可解と言うより他はない。)をも考慮すると、(人証略)の供述及び前記書証の記載部分の信用性には看過しがたい疑問があり、これらの証拠のみによっては、ただちに原告による前記暴行の事実を認めることはできず、他に、右事実を認めるに足りる証拠はない。
4 以上のとおりであるから、前記1(四)、(五)記載のとおり、原告が不穏当な言辞を弄した事実を認めることはできるが、原告が本岡総務課長の胸ぐらを掴んだ事実、金属製のような物(鉄片)を振り上げた事実は認めることができない。
二 一二月三日、副局長室での不穏当な言辞(争点1(三))について
1 前記争いのない事実、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、原告の本人尋問における供述、(人証略)の証言及び(証拠略)のうち、右認定に反する部分は、右各証拠(<証拠・人証略>を除く。)に照らし信用できず、他に右各認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 広川二集課長は、原告に対し、午前九時五〇分ころ、第二集配課事務室において、本岡総務課長と原告との間で駐車場においてどのようなことがあったかを尋ね、原告が、山添主任の駐車場所に同主任の許可を得て駐車した、許可証は車に置いてあると述べたことから、許可証を原告が掲出していれば本岡総務課長も注意をしないと原告に言った。
(二) 本岡総務課長は、原告に対し、午前一〇時一五分ころから約二〇分間、副局長室において、広川二集課長を同席させて、許可証の不掲出について事情聴取を行った。
本岡総務課長が、原告に対し、駐車場で許可証を掲出するように注意したにもかかわらず、許可証を掲出しなかったことについて事情を聴取しようとしたところ、原告は、「わざわざ四階まで呼ばんでもええやろ。わけはちゃんと課長に言うとるがい。」と言った。さらに、原告は、同課長から、重ねて許可証を掲出するように注意されたところ、「たったそれだけのことでわしを呼んだんか。もうええかげんにせえ。あんたは責任者やろ、そんなもん把握しとかんかい。」と言い、原告が駐車許可を受けた者と勝手に交替したことまで局側が把握できるわけがないと本岡総務課長が言うと、「そういや、わからんわな。ちょっとしたミスやないか。そんな細かいこと言わんでもええやろ。免許の不携帯でも許してくれる。」と述べた。本岡総務課長は、原告が以前にも許可証を掲出せずに車を局の駐車場に停めたことで処分されたことを指摘し、原告が許可証を駐車許可を受けている者から受け取っているのであれば、許可証を掲出するようにと言ったところ、原告は、「もう前の話は終わっとる。処分したやないか。それでええやろ。また、処分したいから呼んだんか。」と語気を荒げた。本岡総務課長が、許可証を持たずに駐車し、管理者の指示に従わないのであれば処分されてもやむをえないと言うと、原告は、「なにい。お前、なんぼほどのもんどい。許可証を出しておいたらええんやろ。」と言った。
本岡総務課長は、原告の右発言は管理者に対する暴言であることを指摘し、許可証を出しておけば、同課長からこのような事情聴取を受けることもないと言ったところ、原告は、「もうええかげんにしてくれ。仕事が忙しい。もう向こうへ行く。」と言ったため、同課長は、原告に対し、許可証を受け取っているのであれば、許可証を出すようにと言い、広川二集課長は、原告に対し、仕事に戻るようにと指示した。
2 右1(二)の事実のうち、本岡総務課長に対し、「なにい。お前、なんぼほどのもんどい。許可証を出しておいたらええんやろ。」と言った点は、不穏当な言辞を弄したものといえる。
三 同月五日、第二集配課事務室での暴言(争点1(四))について
1 前記争いのない事実、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、原告本人尋問の結果における供述、(証拠・人証略)の記載う(ママ)ち、右認定に反する部分は、(証拠・人証略)の証言に照らして採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 広川二集課長は、原告に対し、一二月五日午前九時三〇分ころ、第二集配課事務室において、石見副課長を立会者として、事情聴取を行った。広川二集課長が、原告に対し、まず、同月三日の勤務時間を聞き、続けて原告が本岡総務課長の胸ぐらを掴んだ事実があるかいなかを尋ねたところ、原告は、「何を言ってるねん。俺がそんなことすることがないやろ。全くのでっちあげやないか。誰がそんなことを言っているんや。」と強く否定した。
(二) 同日午前九時四〇分ころになって、熊倉副局長と同人に呼ばれた本岡総務課長がやってきたが、これを見た原告は、本岡総務課長に対し、「おっさんがおる。おい、こら、はげ。」と言った。
(三) この発言に対し、広川二集課長が、本岡総務課長に対する暴言であると原告の非礼を非難すると、原告は、「全く身に覚えのないことを言うからや。そら手ぐらい触れたかもしれないけど。」と言った。
2 右1(二)認定の事実は、原告が本岡総務課長に対し暴言を浴びせたものといえる。
四 本件処分の相当性(争点2)について
以上の検討によれば、本件処分の理由とされた事実(前記第二、一8(一)ないし(四))のうち、認められるものは、(一) 一二月三日午前八時二〇分ころ、明石局南側駐車場において、本岡総務課長に対し、脅迫的言辞を弄した、(二) 同日同時刻ころ、同局階段付近において、本岡総務課長に対し、脅迫的言辞を弄した、(三) 前記第二、一8(三)記載のとおり、不穏当な言辞を弄した、(四) 同(四)記載のとおり、暴言を浴びせた、という四回の脅迫的ないし不穏当な言辞(ただし、(一)と(二)の言辞は実質上引き続いた同一機会に行われたものといえる。)の事実である。
そして、明石局の平成三年以降の処分状況では、暴言ないし暴言及び遅刻の事実に対する処分は訓告ないし戒告にとどまっていたこと(<証拠・人証略>)、郵政省の定めた懲戒処分基準では、暴言よりも強い非難に値する暴行に対する処分は、原則として減給にとどまるものとし、その情軽いものは戒告にすることができるとしていること(<証拠略>)などの事情に照らすと、原告が、<1> 平成元年一二月二八日に管理者の指導に暴言を浴びせたとの事由により、平成二年一月一二日付けで訓告処分を、<2> 平成元年七月五日から翌平成二年二月一〇日までの間に多数回にわたる被告側管理者らの注意指導に従わずに無許可駐車を繰り返したとして平成二年三月一四日付けで訓告処分を、<3> 同年六月一六日、無届けで四〇分間遅刻したとして同年七月一一日付けで口頭注意をそれぞれ受けていること(<証拠略>)その他本件に現れた処分の加重事由となり得る一切の情状事実を考慮しても、右被処分事実についての懲戒処分として停職を選択することは、社会通念上著しく妥当を欠いたものであって、懲戒権者の裁量権の範囲を超えるものとして、これを認めることができない。
五 そうすると、本件処分の取消しを求める原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について、行政訴訟法七条及び民事訴訟法八九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森本翅充 裁判官 太田晃詳 裁判官 小林愛子)